満員電車にて
通学途中の駅。
中継地点になっているその駅で、わたしは偶然に同じクラスの男子に会った。その彼とは、ほとんど話した事もなかったのだけど、なんとなく一緒に電車に乗った。無理に離れるのも変な気がして。ただし、ほとんど口は開かなかった。
朝のその電車は、いつも混む。満員電車になるのが常だ。その男子は、一応わたしが女である為か、他のおじさんだとかと密着しないように、わたしを守ってくれた。壁に両手をついて、自分の身体を利用して囲いを作り、その中にわたしを入れたのだ。もちろん、自分とわたしの間にも空間を作っていた。力を込めて、わたしと密着しないようにしている。
満員電車の人の圧力はかなりのものだ。それは重労働だろう。わたしは、少し申し訳なく思った。
そんな出来事があったからと言って、わたしとその男子は喋るような関係にはならなかった。それまで通り、教室内では何の接点もない。ただ、それからもわたし達は時々、朝の駅で偶然に会うと、一緒に電車に乗るようになった。満員電車。そして彼はやはりわたしを守ってくれる。
そんな事が何回か続いた後、わたしはなんとなく、彼の姿を自分から探しているのかもしれない、と思い始めた。自分でも気付くか気付かないかくらいの微かな変化。彼も、或いはわたしのその変化に気付いているのかもしれなかった。その上で、それに気付いていない振りをしているように思えた。
何度乗っても、彼はわたしを守ってくれた。耐え切れずに満員電車の圧力に潰れてしまう事もあったけど、それでも毎回必死にわたしを守ってくれた。
わたしは申し訳なく思う。
そんなにがんばらなくてもいいのに。
でも、ある時に気が付いた。もしかしたら、申し訳ないと思っていたのではなく、わたしは彼に、がんばって欲しくなかったのかもしれないと。わたしに気なんか遣わないで、力を込めた腕を弱めて欲しいと。
或いは、彼もそれに気付いているのかもしれなかった。
結局、高校を卒業するまで、わたしと彼に満員電車以外の接点は何も生まれなかった。卒業してから、偶然に駅で会った。方向が同じでわたし達は一緒に電車に乗った。何の因果かやはり満員電車だった。高校時代と同じ様に、彼はわたしを守ってくれた。必死に力を込めて壁に両手をつき、わたしと他の乗客を触れさせないようにしている。まるで、わたしを抱きしめようとしている途中で、時間が止まってしまったみたい。
必死に満員電車の圧力に逆らっている彼を見て、わたしは何故か怒りを覚えた。
そんなにがんばるようなことかい?
それで、なんとなく、無防備な彼の唇に、一方的にキスをしてやったのだ。
……まぁ、そんなような話である。
朗読もあったりします。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24194312